A gallery of words related to dystopia — from literature, anime, film, and thought.

Back to all terms

Fiction

虐殺の文法

人の脳の奥に働きかけ、集団虐殺への衝動を呼び覚ます“言葉の構造”。それを操る者は、自ら手を下さずに国家を内側から崩していく。

来歴

虐殺の文法とは、伊藤計劃の小説『虐殺器官』に登場する概念で、人間の言語能力の深層に組み込まれた、集団による虐殺を引き起こす言語の構造を指す。作中では、人間が生まれつき備えている言語の仕組みに、虐殺へとつながる反応を生む構造が存在すると説明される。虐殺が起こる前には、新聞や放送、小説などの言葉にも、その共通する「文法」が現れるという。

物語では、この「虐殺の文法」を発見し、それを利用する一人の人物、ジョン・ポールが現れる。彼が訪れた土地では、内戦や虐殺が相次いで起こる。彼は武器や軍隊によって人々を直接支配するのではなく、その土地の言語や文化を利用しながら、人々の内側にある暴力への傾きを引き出していく。人々は自ら隣人へ刃を向け、なぜそのような行動に至ったのかさえ、後になって説明できない。

言葉が人を動かすという古くからの認識を、この作品は生理的な水準まで引き下ろして描いている。設定としての科学的な当否よりも重いのは、そこに置かれた人間観のほうである。虐殺は、特別に狂った人間だけが起こすものではない。ある条件が整えば、普通の人々のあいだにも進行しうる。その不気味な可能性が、『虐殺器官』という作品全体の底に置かれている。