一次元的人間
豊かさと娯楽が行き渡った社会で、人はかえって「否」と言う力を失っていく。不満さえ体制の内側に吸い取られ、批判の余地が平らにならされた人間のありよう。
来歴
一次元的人間とは、ヘルベルト・マルクーゼが一九六四年の著書で示した概念で、豊かさと娯楽が行き渡った社会において、人が「否」と言う力を失っていくありようを指す。
マルクーゼの見立てでは、産業社会は必要を満たすだけでなく、必要そのものを作り出す。人々は与えられた選択肢の中で選び、その選択を自由と感じる。批判や不満さえ、商品や娯楽として体制の内側に取り込まれ、外へ出る道が見えなくなる。ここではないどこかを思い描く余地が平らにならされていく——それが「一次元」という語の指すところである。
抑圧が苦痛として感じられないとき、それに抗う理由は言葉になりにくい。この本が同時代に広く読まれたのは、貧しさではなく豊かさの側から不自由を語ったためである。満たされていることと、自由であることは、必ずしも同じではない。
出典
ヘルベルト・マルクーゼ『一次元的人間』