ムード・オルガン
ダイヤルを回すだけで、自分の脳に直接刺激を与え、その都度望んだ気分を呼び出せる装置。感情さえも人工的にコントロールし、「絶望」も「意欲」も番号で選べる世界では、自分の本当の感情の在り処が分からなくなる。
来歴
ムード・オルガンとは、フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に登場する装置を指す。ダイヤルで番号を選ぶと、対応する感情や精神状態を人工的に呼び起こす。喜び、意欲、穏やかさだけでなく、絶望や自責までが番号として並んでいる。
作中の夫婦は、朝、どの気分で一日を始めるかを相談する。妻は、あえて憂鬱を選ぶ日があると語る。ダイヤルで呼び出せるものと、ひとりでに湧いてくるものとを、どう見分ければよいのか。今感じているのが後者だと確かめる手立ては、この暮らしには残されていない。
装置が用意しているのは、感情そのものではなく、感情の記号である。ムード・オルガンが示しているのは、内面が管理の対象になる社会では、外からの強制よりも先に、自分の心が自分にとって不確かになるということである。同じ問いは、作中で人間と機械を隔てるものへの問いにもつながっている。
出典
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? フィリップ・K・ディック / 1968
戦争で荒廃した地球で、逃亡した人造人間〈アンドロイド〉を狩る賞金稼ぎリック・デッカードを描く。ダイヤルで気分を選ぶ装置や、共感を測る儀式を通じて、本物の感情とは何かを問う。映画『ブレードランナー』の原作。
PR作品を見る