二分間憎悪
党員が毎日集まり、体制の敵とされる人物の映像へ二分間、憎しみを叫ぶ儀式。共通の敵への憎悪を共有させることで、人々を体制へ結束させる。
来歴
二分間憎悪とは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』でオセアニアの党員に日々課される儀式を指す。決まった時刻に人々が集められ、スクリーンに映し出される党の敵──裏切り者とされるゴールドスタイン──へ向けて、二分間、憎しみの声をあげる。
作中、この儀式に加わる者の高揚が細かく描かれる。はじめは義務として声を出していた者も、周囲の叫びに引き込まれ、やがて自分でも制御できない激情に変わる。憎悪の矛先は与えられたものである。敵とされる相手が入れ替わっても、感情だけがそのまま新しい対象へ移っていく。誰を憎むかを決めるのは、憎む本人ではない。
共通の敵を持つことは、集団を結びつける。そして敵へ向かって放たれた感情は、体制そのものへは向かわない。二分間憎悪は、統治が人々の不満を消すのではなく、行き先を用意することによって成り立つ場合があることを示す儀式として描かれている。